2025年には、国民の4人に1人が75歳以上という超高齢化社会を迎えます。家族が入院したり、介護施設に入所することが珍しくないご時世です。もしも、その入院費や介護費に「当人の銀行貯金」をあてにしているならお気をつけください。その当人が認知症になると、たとえ家族でも預金をおろせなくなるからです。その費用全額を子どもが負担することになるかもしれないということです。
実はこのような事態が増えてきているのですが、昨今、注目を集めているのが「成年後見制度」や「家族信託」です。今回は、不動産に関連する情報も織り交ぜながら、この成年後見制度と家族信託について解説します。
1. 成年後見制度とは?
成年後見制度(せいねんこうけんせいど)は、認知症や知的・精神障害などで判断能力が十分でなくなった人の権利や財産を守るために法律的に支援する制度です。社会活動を手助けし、本人の生活の質と満足度を高めることを目的としています。成年後見制度には「任意後見」と「法定後見」の二種類があります。
任意後見は、本人に判断能力があるうちに信頼できる20歳以上の人または法人を選び、公正証書で契約をおこなうものです。判断能力がなくなったときに備えて、本人の意思で後見人を決定します。
法定後見は、本人が認知症などで判断能力が十分ではなくなってしまったとき、本人や配偶者、親族などが家庭裁判所に申し立ての手続きをおこない、家庭裁判所が後見人をつけます。
法定後見の場合、本人の意思反映が難しいため、後見人が財産を横領するといった不正も少なくありません。不正や被害のほとんどは、実は親族が後見人である場合に起こっています。最高裁判所事務総局家庭局の実情調査によると、令和3年の不正事例が169件、被害総額が約5億3千万円という、とても残念な事態です。これでも被害は大幅に減って来ているので、それがせめてもの救いです。
【参考:後見人等による不正事例(最高裁判所事務総局家庭局)】
専門家が後見人になるとき費用負担が大
後見人は親族だけでなく、弁護士や司法書士といった専門家が選任されるケースもあります。無報酬が基本の親族とは異なり、弁護士や司法書士が後見人となった場合は費用が発生します。報酬額は年間で数十万円にもなり、年金生活者が多い認知症高齢者にとって、決して安い金額ではありません。
しかも、後見がいったん開始されると、よほどのことが無い限り止めることはできません。被後見人が死亡するまで続くので、その費用は被後見人自身にとっても大きな負担となります。
2. 家族信託とは?
当人に代わってその家族が、財産の管理・運用などをおこなう「家族信託(かぞくしんたく)」は、高齢化が進む昨今、注目を集めている制度です。信頼する家族に自分の財産を託して、管理を任せます。そしてこの制度では、財産の管理などをおこなう権限と、その財産から利益を受ける権利を分けることも出来ます。
例えば、親(委託者)が、子(受託者)に自分の財産の管理・運用・処分を任せることができます。認知症による銀行口座や不動産の凍結リスクを回避できるため、認知症対策と相続対策を兼ね備えている方法といえるでしょう。
家族信託には、委託者・受託者・受益者の三者が登場します。それぞれの役割は以下の通りです。
- 委託者:
財産の所有者のことです。委託者は受託者に対して自分の財産を託します。委託者と受益者は同一人物である場合が多いです。 - 受託者:
信託された財産を管理する人です。受託者は受益者から信託された財産の管理・運用・処分をおこないます。家族信託では、家族が受託者になります。 - 受益者:
信託された財産から生じる利益の分配を受ける人です。最初の受益者が亡くなった後のことや、次の受益者も決めておくことができます。
これが家族信託の基本的な仕組みです。親の認知症対策のため家族信託をする場合、親が委託者・受益者となり、子どもを受託者として親子間で契約を結ぶのが一般的な形のようです。平たく言うと、親が自分の財産を子どもに託して、子どもが親のために財産を管理するといった感じです。
なお、家族信託を始めるには「委託者」に判断能力があることが必須となります。そして、委託者と受託者の間で信託契約を締結することで、家族信託は直ちに開始されます。逆を言えば、「委託者」が認知症と診断されている場合は、家族信託を開始することは出来ませんので、検討されているなら早めに準備をしましょう。
3. 家族信託の不動産活用例
親が元気なうちに家族信託を結んでおけば、万が一の時も、親が所有する財産(不動産や現金)の管理・運用・処分をスムーズに引き継ぐことが出来ます。それとは逆に家族信託を結んでいない場合、親が認知症になると不動産運用や現金の引き出しさえ出来ないという恐ろしい事態が起こります。
ここでは、不動産が関連した家族信託の活用例を3つご紹介します。
- 父から自宅を相続した母。その母の認知症リスクを心配した長女が家族信託を契約した事例
数年後に母親が認知症になりましたが、家族信託を結んでいたため受託者である長女が自宅を売却できました。自宅の売却費用で、老人ホームの入所費用や生活費をまかなうことが出来たそうです。 - 収益物件を運用している父が、健康面に不安を感じることが増えてきたため、受託者を長男にして不動産の運用・管理を依頼した事例
長男は父親のアドバイスを基に収益物件を運用・管理していましたが、しばらくしてから父親が認知症を患いました。家族信託を結ばないまま父親が賃貸経営していた場合、入居者との新しい契約や家賃管理、売買契約などはできなくなります。でも長男は受託者として適切に運用・管理をしていたので、委託者である父親に代わって各契約手続きをすることが出来ました。 - 収益物件の所有は父で、その受益者は父と母。受託者は長男で家族信託を結んだ事例
家族信託により長男に収益物件の管理を託すことなりました。受託者や受益者は複数の指定ができるので、第一受益者を父親、父親の死亡後の受益者を母親に指定します。そして母親の死亡後は信託契約を終了して、収益物件を長男に引き継がせることを契約内に設定します。
このように家族信託では、認知症対策と相続対策を同時におこなえるため、将来の相続にも備えられるようになります。
4. 任意後見と家族信託 どちらがよい?
今一度、「任意後見」と「家族信託」のおさらいをしましょう。
認知症などにより、意思能力や判断能力が低下した人の財産管理を本人以外がおこなう場合に、成年後見という制度があり、「法定後見」と「任意後見」があります。
法定後見は家族が後見人になれないので、自宅売却などの不動産活用には適していません。
任意後見の場合は、後見人やサポートする内容などを事前に決めておけるので本人の意思が反映されます。あらかじめ契約書で定めることにより自宅売却などの不動産活用も可能です。
家族に財産管理を依頼できる点では「任意後見」と「家族信託」は似ているので、どちらが良いのか迷われると思います。
任意後見は財産管理だけでなく、各種契約などの生活全般の手続きをおこなえるのがメリットといえます。一方の家族信託は、契約直後から死亡後まで効力を発揮するため、認知症と相続、両方の対策になるのがメリットです。なお、任意後見と家族信託は併用することもできます。それぞれ特徴が異なりますので、財産の種類や金額、家族関係に応じて選択するとよいでしょう。
判断能力を喪失すると家族信託を利用できなくなり、成年後見制度だけに限られてしまいます。ご家族の将来にとって最良のものとするためにも、早めの準備を心がけましょう。